ougatakenji
日本で「失敗したら反省しなさい」って言われたとき、たいていの人が求める「反省」って「失敗の原因を改善すること」じゃなくて「失敗して落ち込んでる様子を他の人に見てもらうこと」だったりするから困る。
どんな形にしろ、アウトプットするとしないとでは天と地ほどの差があります。
みうらじゅんさんが提唱している、比較三原則(過去の自分・親・友達の3つと今の自分を比較してはいけない。ここと比較をしないと生きるのがすごく楽になる。)
megazal:

溶。 (via Guan◎歌無岸)
結婚も職探しも「どうなったとしてもそこそこ上手く楽しくやっていける」ってのが本来の成熟した大人であって、かたやリクルートさんは何処かに自分とピッタリな職や伴侶がいる!って幻想を売って商売をしておられるので、賢明な学生さん達はできれば早くそのネズミの回し車から降りた方が良いよね。
若いころから自分探しに明け暮れ、アラフォーになっても自分探しが終わらず、「よりどころもアイデンティティも空白なままの、どこか重量感に欠けた”思春期おじさん・おばさん”がたくさんできあがった」。
「子供はワガママを叶えて欲しいのではなくてワガママを聞いて欲しいのだ」と知ってから子育て大変楽になった
「そうか君はこの玩具買って欲しいんだね」と言うだけで「うん。でももういいや」となる事が多い
仕事にも応用して「そうですか値引して欲しいんですね」と言うだけで値引かず済ませてる
「安いものが欲しい」が行きすぎると、「自分の仕事にも影響して給料が下がる」「生産が海外に流出する」「品質が落ちて頻繁に買わないといけなくなる」の三重苦に陥る可能性がある。「価値を認めて気持ちよく支払う」という関係が、好循環を産むんだよね。
日教組といいこの手の輩といい
日本の教育は本当に危険な人間の思うが侭になってるんだと再認識した

公共の場で「しね」などと言い放てる人間が平和主義者なわけない
まともな人間ですらないよ

「距離がある」という感覚を持つことで、被験者たちははるかに幅広い選択肢を検討することが可能になり、その結果、頭を使う問題の解決能力が高まった。答えが出てこないとあきらめるのではなく、正しい答えを思いつくまで粘ることができるようになったのだ。

今回の論文は、解釈レベル理論(construal level theory:CLT)に関する研究を基にしている。CLTの研究では、距離の認知が、人間の考え方に大きな影響を及ぼすことが明らかになっている(この場合の距離とは、地理的なものとは限らず、時間的な距離や、さらには確率的な距離をも含む)。

CLTでは、「距離的に近く感じられる」物事ほど、具体的かつ文字通りの意味で思考され、一方、「距離的に遠く感じられる」物事ほど、より抽象的に思考することが可能になるということを基本的な前提にしている。

休暇が有益な理由はここにある。ふだん多くの時間を過ごしている場所から逃れると、われわれの頭は突如として、それまで抑え込んでいた突飛なアイディアに気付く。毎日オフィスに出ていたら決して思いつくことのなかったであろう漠然とした可能性について、思いをめぐらせるようになるのだ。

われわれは、環境が人間の創造性を縛ることを、あまりにも忘れがちだ。仕事上の問題と常に「近い」距離を保っていたり、電話や電子メールに休まず反応していたりすると、われわれの精神は、ある種の型にはまってしまう。物事に別の考え方は存在せず、これこそが常に正しいやり方だと思い込むようになる。


「距離」と創造性:休暇が大切な理由


(via mae3)